頭の中のトウコが言った

なんで芸術家たちは作ってしまうんだろう

 

芸術なんて作らなくても生きていけるじゃない

 

でも君たちは作っちゃうわけでしょう

なんでだろう

 

ほら、よくあるでしょ、なんか作っちゃったってやつ

 

ないよ、そんなの

ないから聞いてるんだ

 

やってみたら、なんか出来ちゃってたってやつ

おんなじことよ

 

頭の中の透子がからりと言った

 

そうかな そんなもんかな

 

そんなものよ

 

そんなものかな

 

いろんなコンセプトなんて後付けなのかもしれない

結局、企画があってから作りはじめたものでも

企画がないと作る勇気がなかったんだ

本当はそれを作ってみたくて、きっかけが欲しくてしょうがなかったんだ

 

動物になれよ 欲望を出せよ

動物になったら、何か作らずにいられないんだ

 

なんで人間は作っちゃうんだろう

 

ところでトウコ、君はだれだい

 

空腹に米とおかずを流し込み

急上昇した血糖値が麻薬のように頭の緊張を緩めた

うとうとしてたらそんな会話が頭の中で繰り広げられた

 

知ってる、あれは夢の入り口

だれだってある、夢の入り口

芸術家が生き辛いなんてあるものか

変な、妄想なんかじゃない

面白いから、書き留めただけ

だれだって生きやすくない世の中じゃないのか

だれもが闇を持ち、だれもが不適合を感じ

そもそも適合の箱はどうやってその形に定まったのか

作らずにいられなかった人たち

作ることが苦と感じずに育った人たち

苦しみを、作ることで紛らわせていた

メッセージなんて本当はあって無いようなもの

 

自問自答とは

自分が一番自分のことを分からない。答えがない。自分は変動するものだから。答えもその都度変わる。都合が良いから。自分の顔なんて鏡越しにしか誰も知り得ない。頑張って、鼻のさきっぽぐらい、見えてるのは。あとは目の前の手足。手なんてブラインドタッチなんてしてると自分の身体の幹から生えてるのか、正直疑問になれるとき、ある。寄生虫いる?もしかして。みたいに。自分はこの空間にたいしてどれだけの空間を占拠しているんだろうとか。お風呂で溢れたお湯ぶんが、自分なのか、とか。じゃあ空気のぶんだかけ、占拠してたら、私の体積分の空気はどこにいってるんだろう、とか。そこまで行くと自問自答から視線をそらしてしまっているが。そんなわけで、自分という存在自体が最も客観視不可能だから寿命まで飽きずに、この身体と付き合うのかもしれない。

ということを友人に言おうかとおもって、留まった。これもまた「自問への自答」に過ぎないから。

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